大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第二小法廷 昭和42年(あ)1509号 決定

本籍・住居

新潟県北魚沼郡湯之谷村大字宇津野六六八番地

会社役員

上重快舟

大正八年一〇月二五日生

本店所在地

新潟県北魚沼郡湯之谷村大字井口新田五三七番地一一

銀山開発株式会社

右代表者代表取締役

上重快舟

右法人税法違反被告事件について、昭和四二年五月二三日東京高等裁判所の言い渡した判決に対し、被告人らから上告の申立があつたので、当裁判所は次のとおり決定する。

主文

本件各上告を棄却する。

理由

弁護人涌井鶴太郎の上告趣意のうち違憲をいう点は、本件起訴の不当を非難するに帰し、上告理由として不適法であり、その余の論旨は、事実誤認、単なる法令違反の主張であつて、刑訴法四〇五条の上告理由に当らない。また、記録を調べても同四一一条を適用すべきものとは認められない。

よつて、同四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 奥野健一 裁判官 草鹿浅之介 裁判官 城戸芳彦 裁判官 石田和外 裁判官 色川幸太郎)

上告趣意書

○昭和四二年(あ)第一五〇九号

被告人 上重快舟

同 銀山開発株式会社

代表取締役 上重快舟

弁護人涌井鶴太郎の上告趣意(昭和四二年七月二三日付)

一、原判決は判決に影響を及ぼすべき法令の違反又は重大な事実の誤認がある。

(1) 原判決は判決書五丁以下に

「所論は縷々として昭和三六年四月一日以前に被告会社の事業経営の費用などにあてるために借入れた金員を返済し、これを過年度支出金勘定の損金科目として処理したのであるから、直ちに脱税と解するのは不当であると主張するが、原審記録を調査するのに、所論でいう過年度支出とは、過年度において公表帳簿に記入せずに借用した金銭債務を前期末ないし当期で返済したのを、過年度支出金と題する損金科目で処理したものを意味しているが、凡そ右のように帳簿に計上されない、いわゆる簿外の債務を発見したときは、もし本人において所得金額を税務署に対し正当に申告する意思があれば、即座に公表帳簿に記入して、これを返済すべきであつたのに、簿外の債務を簿外で返済処理せず、本件のように過年度の簿外債務を返済したからといつて、当期の損金科目の過年度支出勘定に入れて簿内処理をするのは不当というべきである。」

と認定している。

右認定中

「いわゆる簿外の債務を発見したときは、もし本人において所得金額を税務署に対し正当に申告する意思があれば即座に公表帳簿に記入してこれを返済すべきであつたのに簿外の債務を簿外で返済処理せず」

と認定している部分があるが被告人会社は右借入金を前社長上重頼太郎より被告人上重快舟が処理方を申受けて発見したので昭和三十六年三月三十一日附で公表帳簿たる金銭出納帳、総勘定元帳に記入返済しているのでむしろ「本人において所得金額を税務署に対し正当に申告する意思」があつたことになり、

又「簿外の債務を簿外で処理せず」と認定されるが簿外の債務を処理するについては被告人会社が処理したように公表帳簿に債務として記入返済処理する以外に処理方法はないのである。

被告人会社の財産を計算するに当つては簿外財産を集計し、簿外の債務処理については簿外で処理すべきであるということは不可能を被告人等に強いるに等しいことになるのである。

従つて右認定通りとすれば被告会社は簿外債務を公表帳簿に記帳処理しているのであるから脱税の意思がなかつたことになり、又簿外債務を簿外で処理することは簿外財産をそれだけ減額することを認めない限り不可能であり、一方に於ては簿外財産を全額会社財産として計算しながら簿外債務につき簿外処理を求めることは不可能なことを被告人会社に強いることになるのである。

従つて原判は右の点に於て重大な事実の誤認又は法令の解釈を誤つたもので破棄されるべきである。

(2) 原判決はその判決書五丁終りから八行目以下に

「しかも本件の過年度支出というのは、前示の認容された九一万〇一二〇円のほかは、いずれも当該事業年度(昭和三六年四月一日より昭和三七年三月三一日まで)の収益にかかる完成工事原価、販売費、一般管理費などの預金に当らず、……」

と認定している。

しかしながら右認容された九一万〇一二〇円は宇津野郡部落民五八名の評価税を小千谷税務署に支払つたものである。

右部落民五八名の債務(評価税)は勿論被告人会社の簿内の債務ではなく、これと被告人会社の簿外債務との間に如何なる差異があるのか原判決はこれを明かにしていない。

右債務が被告人会社の帳簿に記載されていないものであることは全く同一であり、いずれも帳簿と記載と同時に支払処理されているにも拘らず、一方を正当とし、一方を脱税として判断することは重大な事実の誤認である。

(3) 更に原判決はその判決書五丁終りより五行目末尾以下に

「従つて損金科目として計上されるべきものではなかつた性質のものであるから、これを損金として認めえないことは明かであるし、なお所論は一定額の金員の借入をして、これを事業経営のため費消したうえ、右借入金を返済した場合に、この返済支出を損金と理解しているようであるが、これが損金にあたらないことは前示の損金の意味に徴し明かである。」

と認定している。

しかし簿外債務を処理する適当な方法が他にあるのであろうか。

「簿外債務を簿外で処理せよ」と言うことは債務が実在する以上これを支払う資金はどうするのか、第三者の財産により支払えと言うのか、未支払のまま放置せよというのであろうか、もしそれ等の方法を被告人会社に求めるものとすれば、それは言い得べくして実行不可能なことを被告人会社に求めることになるのである。

不可能なことを被告人会社に求め、それを実行しないことを以て犯罪なりとして課刑することは法令の解釈を誤り、且つ重大な事実を誤認したものである。

(4) 以上を綜合すれば被告人等には犯意がなかつたものというべく、原判決は重大な事実の誤認を犯しているものである。

二、原判決の認定は憲法に違反する。

被告人会社の帳簿記載からすれば過年度支出金、旅費交際費等の支出経過は明瞭になつて居り、もしこれを税法上、又は租税特別措置法上認めることが出来ないものとすれば、右支出金を経費として否認し、課税処分すれば足るところである。

右支出金を経費として認容するか否かは多分に見解の相違に過ぎない場合が多いのである。

国民の信託により権力を行使する各機関はその権力行使にあたり、乱用しないよう、又は恣意的行使をしないよう慎重にことに当るべきである。

従つて本件のように帳簿上支払経路の明白なものは上記の通りそれを否認する等適当な方法により過誤を訂正させればそれを以て足り、直に強制捜査をして刑事罰を以てこれを処理しなくても十分こと足りるものである。

本件処理は鶏を割くに牛力を以てするきらいがあり、恣意的な権力行使である。

従つてこれを認容した原判決は憲法第十一条、同第十三条及び憲法の基本精神に反し許されないものであるから原判決の破棄を求めるものである。

以上

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例